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2005年12月31日 (土)

ブログタイトルの変更

ブログの名前を「三浦信広の個人的なブログ」から「健康的研究生活のすすめ」に変更しました。しかし、このブログの趣旨に変更はありません。心身ともに健康で末永く研究を続けたいという願いをこめたものです。

では、よいお年を。

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2005年12月28日 (水)

TOEICの結果

先月末に受けたTOEIC試験の結果が出ました。恥ずかしながら申し上げると、795点。内訳は、SECTION Ⅰ(リスニングテスト)が415点、SECTION Ⅱ(リーディングテスト)が380点。思ったほど点が取れませんでした。リーディングテストよりも,試験の途中で戸惑ってしまったリスニングテストのほうが高得点だったことが少し意外でした。

リーディングテストで出題される文法・語彙問題と読解問題のうち、読解問題ではほとんどの文章を読んで理解できたのである程度得点できているはずです。よって文法・語彙問題で間違いが多かったと考えられます。参考書を読んだり、模擬試験の問題を解いたりといった勉強をほとんどしていなかったことが原因でしょう。自分の欠点が見つかったことは収穫でした。

話したり読んだりという実用的な能力の向上に重点を置いて勉強していたので、つい文法や語法がおろそかになっていました。900点などと高望みしないで、850点あたりを目標にしてこつこつと勉強に励みたいと思います。

しかし、これでも以前に比べれば私の英語はだいぶましになりました。学位をとったばかりのころ、大学や国際会議で出会うような海外の研究者はたいてい親切に話を聞いてくれるので、自分の貧弱な英語力に気がつきませんでした。(これが最大の不覚。)しかし渡米して実際に生活してみると発音がひどくて相手に文章どころか、単語すら通じないこともしばしばでした。

コーヒーショップで「Irish Cream」(アイリッシュクリーム)を注文したら「Ice cream」(アイスクリーム)は無いと言われたり、アイスクリームを注文するのに、「Vanilla ice cream」(バニラアイスクリーム)といったら、「Banana ice cream」(バナナアイスクリーム)は無いと言われたりしました。前者はRの発音、後者はVの発音が悪かったせいです。日本語の発音ではRとL、そしてVとBの区別がありませんが、英語ではまったく別の音に聞こえるので、本当にわからないようです。当時は馬鹿にされたように感じましたが、今思うとほんとにひどい発音で、失礼したのはこちらのほうでした。

ちなみにアイリッシュクリームというのは、米国でよく見かけるフレーバー(香り)つきコーヒーのひとつです。いろいろ試したのですが私はフレーバーなしの普通のコーヒーのほうが好きです。銘柄にそれほどこだわりはありませんが、いれたてのものが一番おいしく感じますね。

ではまた。

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2005年12月25日 (日)

ポインセチア

poinsechia2以前はポインセチアの色が人工的に見えてあまり好きではなかったのですが、最近スーパーで見かけたものを買ってきました。まじかで見ると姿がきれいで気に入っています。

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2005年12月18日 (日)

守山ハーフマラソン

第36回ほたるのまち守山ハーフマラソン、という大会のハーフ一般男子の部にエントリーしていました。しかし大会当日の今朝、雪が降る中、会場に着いてみると、積雪でコースの状態が良くないためハーフマラソンは中止とアナウンスされていました。何日も前から楽しみにしていて、体調は万全、気合十分で臨んでいただけに、期待はずれでがっかりしてしまいました。しかし自然現象に文句をいっても仕方ありません。10kmの部は行われると聞き、せっかくなので出ることにしました。

先月のレースの教訓を生かして、ゆっくりとスタートし、少しずつペースをあげていきました。道路には雪が残っていて、アイスバーンで足が滑りそうになったり、シャーベット状の雪を踏みつけて周りに飛び散らせたり、という悪条件でした。その上、強風で、長袖、長ズボンのジャージを着ていても冷たい風が突き刺さるようです。こんなときに走るなんて、物好きとしか言いようがありません。

始めはつらくても、走り出せば結構楽しい、というのが長距離走ではないでしょうか。適度な緊張と大きく規則正しい呼吸が頭をすっきりさせてくれます。苦しくならないようにペースを調節しながら最後まで走りきることができました。タイムは49分52秒。前回よりも2分以上遅かったのですが、この調子なら20kmを走れそうです。ハーフマラソンのテスト走行という意味で収穫ですね。

大会の運営者がゴールで用意してくれたサービスのうどんを、雪の積もった地面の上で立ったまま食べました。とてもおいしかったです。空腹と疲れと寒さが食べ物をおいしくする、ということを久しぶりに実感しました。

ではまた。

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2005年12月10日 (土)

書斎の片付けと「折りたく柴の記」

私は本の再読が好きです。あらすじに気を取られず、好きなところをじっくりと楽しむことができるからです。そのため、「ほとんど読まない本を置いておくのはスペースの無駄よ!」という妻の不平も省みず、せっせと本をため込んでいました。四畳半より少し広い程度の部屋に、本棚4つとテーブルと椅子が置いてあるため、かなり狭苦しいです。「地震がおきたら本棚の下敷きになるわよ!」と言われてます。好きな本に埋もれて死ぬのなら本望ですね。

しばらく前に、新井白石の「折りたく柴の記」をどうしても読みたくなって本棚を探したのですが、見つかりませんでした。あるはずだと思い込んでいたのですが・・・。おそらく引越しのときになくしてしまったのでしょう。きちんと整理をしていなかったことが原因です。この機会に、飽和状態にある書斎の片付けをしようと決めました。大掃除にはまだ少し早いのですが、夜中に少しずつ、ほこりをかぶった本を並べなおしたり、いらないものを処分したりしています。

ところで幸いなことに、桑原武夫による現代語訳の「折りたく柴の記」は最近新書版で再出版されていて、アマゾンで買うことができました。(参考のため左サイドバーにリンクを付けておきます。)前回少し紹介したのは、ちょうど本が手元にあったせいもあります。

新井白石は江戸中期の儒学者です。貧しい家に生まれて青年時代を独学ですごし、30歳のとき木下順庵に出会って入門、37歳のとき順庵の推薦で甲府藩主の徳川綱豊の侍講(講師)という安定した職に初めて就くことができました。その後、綱豊が六代将軍徳川家宣となったため、白石は政治顧問として活躍しました。しかし吉宗の代で政治上の地位を失い、晩年は不遇な中で著作に励んだそうです。

「折りたく柴の記」は白石の自叙伝で、上、中、下の三部からなります。上には白石の幼年から綱豊の侍講の職につくまでのことが書かれていて、読み物としては一番面白いところです。細かいことは抜きにして雰囲気を感じてもらうために、加藤家の猿引という宝刀が青磁の鉢を切ったという噂についての白石の質問に父が答える、というくだりを以下に抜き出しました。

「現場に居合わせた人がないから、そういう話になったのだ。すべて人の言うことは、そのまま信用してはならない。鉢もろともに斬ったというその刀は、お前の幼いときにやったあの刀だ。そのとき、加藤の住んでいた長屋はわしの隣だったが、加藤は二階に上がっていた。主従の口論する声が高く、ただごとではないと思っていると、加藤が階段を駆けおりる声が聞こえたから、すわ大変と思い、刀をとって駆けていくと、加藤は一太刀斬りつけたものの、細腕で斬れなかったのか、若党が包丁をとって立ち向かおうとするのを、わしが刀を抜きざまに斬ったところ、肩から斜めに、前にあった鉢もろとも斬り捨てた。即刻、『とどめを刺しなさい』と言って、自分の刀の血をおしぬぐい、鞘におさめて駆けて帰った。あとで人びとが集まってきたが、とうとう猿引の刀の名誉ということになってしまったのだ。私の刀は、もとは上野の国の後藤というものの刀であったが、その兄がこの刀で払うように斬ったところ、敵の頭を横に二つにした。その頭蓋骨を幼いときおもちゃにしたと言うのを聞いて、譲ってくれと長年たのんだあげく、やっと手に入れたものだ。必ず身から離さずに、子孫に伝えよ」と言われた。

簡潔な描写が特徴で、儒教的というよりハードボイルドな印象を受けます。生活習慣や政治システムなどの時代的な背景がわかりにくい部分が多少あるのですが、歴史物や自叙伝が好きな方にはおすすめです。

ではまた。

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2005年12月 4日 (日)

TOEIC受験

先週の日曜日にTOEICを受験しました。TOEICは会話などのコミュニケーション能力を試すテストなので、難解ではないのですが、ゆっくり考えている時間がありません。リスニングの問題でよく分らなくて迷っているうちに次の問題が始まっている、ということが何度も続いて、出題のペースについていけなくなってしまいました。準備不足を反省しています。

国際会議では公用語として英語が使われていますので、研究者は英会話ができる、というのが暗黙の了解です。しかし、ほとんどテストされる機会はありません。必要とされながら、自主的な努力に任せられている、特に基準のない職業能力といえます。

私はアメリカでポスドクだったときに、英語の不勉強が骨身にしみました。不便というだけでなく、人様に迷惑をかけたくないという理由で、英語の勉強に力をいれています。そして自分の実力を知るためにも何か試験を受けるべきだと考えました。

TOEICの公式なホームページにある「TOEICスコアが表す英語コミュニケーション能力」というページには、470点以上(満点は990点。)で「日常生活のニーズを充足し、限定された範囲内では業務上のコミュニケーションができる。」、730点以上で「どんな状況でも適切なコミュニケーションができる素地を備えている。」、860点以上で「Non-Nativeとして十分なコミュニケーションができる。」と書かれています。要するに470点あればサバイバルができ、730点である程度の仕事ができ、860点以上あれば問題なし、というところでしょうか。個人的な経験から言えば、少し甘い解釈ではないかという気がします。私は470点の英語力での日常生活を経験したくありません。

研究者の職業能力という観点から言うと、意見の異なる人を説得したり個人的な信頼関係を作るとなるということが仕事に含まれるとすれば、どれくらいあればよいものでしょうか。

ともかくも、私の目標は900点以上です。少なくとも800点は取りたいところです。一昨年に一度だけ受験したことがあり、スコアは740点でした。このときは何も準備をしなかったことを言い訳にしていましたが、今回は2度目なのでそれなりに実力が反映されているはずです。結果が出る一ヵ月後が楽しみです。(ここでお話できるような成績であればいいのですが。)

ところで、英語の上達にはかなり個人差がありますね。コミュニケーションを取りたいという欲求が強いほど上達が早いようです。その点、私はあまり向いていません。私は研究室にこもりがちで、仕事以外は食事と読書で時間をつぶせてしまうという性格が災いしているようです。もちろん読書は日本語です。私はしゃべらなくても比較的平気ですが、活字中毒なので一日読まないでいると苦しくなります。渡米したばかりのときは、わざわざ大学の図書館で日本文学の本を探して借り出してました。おかげで三島由紀夫や大岡昇平を新鮮な気持ちで読むことができましたよ。金閣寺に火をつけたり、ミンダナオ島の戦場をさまよったりというのが、一日で唯一の安らぎの時間でした。

こんなわけで私はアメリカに3年半もいましたが、英語はたいしたことありません。(多少ましにはなりましたが。)もし海外で生活するだけで英語が「ぺらぺら」になると思っておられるのでしたら大変な誤解です。経験した私が言うので間違いないですよ。ですから必要になってからあくせく勉強するよりも、普段からこつこつ勉強しておくほうが賢明というものです。

現在私は毎晩NHKのラジオ講座「ビジネス英会話」を夕食後に聞いています。一ヶ月にテキスト代の350円しか掛からず、ビニェットが結構面白くて、とてもお勧めです。ちなみに今週のテーマは「Paper Chase day」です。

それほど好きではないと言いつつも、私はこれまで英語の勉強に随分と時間をかけてきましたが、なかなかうまくならないものです。しかし世間には優秀な人がいるようで、短期間で成績が大幅に上がったとか、勉強しないでしゃべれるようになった、という話を読んだり聞いたりすることがあります。正直、自分の才能のなさにうんざりしますね。そんなときは、江戸中期の学者、新井白石の、学問の道での不幸な経験に対する言葉を思い出すようにしています。

こんなにまでして勉強してきたのは、(中略)いつも堪えがたいことに堪えることを心がけ、世間の人が一度することを、私は十度おこない、十度することは百度したからである。
「折りたく柴の記」 新井白石/桑原武夫訳

私は白石のような立派な人物ではありませんが、意志の強さを見習いたいと思っています。才能のある人が簡単に1回でできてしまうことでも、私は5回でも10回でも、できるまでやるほかないと思ってます。

それではまた。

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