書斎の片付けと「折りたく柴の記」
私は本の再読が好きです。あらすじに気を取られず、好きなところをじっくりと楽しむことができるからです。そのため、「ほとんど読まない本を置いておくのはスペースの無駄よ!」という妻の不平も省みず、せっせと本をため込んでいました。四畳半より少し広い程度の部屋に、本棚4つとテーブルと椅子が置いてあるため、かなり狭苦しいです。「地震がおきたら本棚の下敷きになるわよ!」と言われてます。好きな本に埋もれて死ぬのなら本望ですね。
しばらく前に、新井白石の「折りたく柴の記」をどうしても読みたくなって本棚を探したのですが、見つかりませんでした。あるはずだと思い込んでいたのですが・・・。おそらく引越しのときになくしてしまったのでしょう。きちんと整理をしていなかったことが原因です。この機会に、飽和状態にある書斎の片付けをしようと決めました。大掃除にはまだ少し早いのですが、夜中に少しずつ、ほこりをかぶった本を並べなおしたり、いらないものを処分したりしています。
ところで幸いなことに、桑原武夫による現代語訳の「折りたく柴の記」は最近新書版で再出版されていて、アマゾンで買うことができました。(参考のため左サイドバーにリンクを付けておきます。)前回少し紹介したのは、ちょうど本が手元にあったせいもあります。
新井白石は江戸中期の儒学者です。貧しい家に生まれて青年時代を独学ですごし、30歳のとき木下順庵に出会って入門、37歳のとき順庵の推薦で甲府藩主の徳川綱豊の侍講(講師)という安定した職に初めて就くことができました。その後、綱豊が六代将軍徳川家宣となったため、白石は政治顧問として活躍しました。しかし吉宗の代で政治上の地位を失い、晩年は不遇な中で著作に励んだそうです。
「折りたく柴の記」は白石の自叙伝で、上、中、下の三部からなります。上には白石の幼年から綱豊の侍講の職につくまでのことが書かれていて、読み物としては一番面白いところです。細かいことは抜きにして雰囲気を感じてもらうために、加藤家の猿引という宝刀が青磁の鉢を切ったという噂についての白石の質問に父が答える、というくだりを以下に抜き出しました。
「現場に居合わせた人がないから、そういう話になったのだ。すべて人の言うことは、そのまま信用してはならない。鉢もろともに斬ったというその刀は、お前の幼いときにやったあの刀だ。そのとき、加藤の住んでいた長屋はわしの隣だったが、加藤は二階に上がっていた。主従の口論する声が高く、ただごとではないと思っていると、加藤が階段を駆けおりる声が聞こえたから、すわ大変と思い、刀をとって駆けていくと、加藤は一太刀斬りつけたものの、細腕で斬れなかったのか、若党が包丁をとって立ち向かおうとするのを、わしが刀を抜きざまに斬ったところ、肩から斜めに、前にあった鉢もろとも斬り捨てた。即刻、『とどめを刺しなさい』と言って、自分の刀の血をおしぬぐい、鞘におさめて駆けて帰った。あとで人びとが集まってきたが、とうとう猿引の刀の名誉ということになってしまったのだ。私の刀は、もとは上野の国の後藤というものの刀であったが、その兄がこの刀で払うように斬ったところ、敵の頭を横に二つにした。その頭蓋骨を幼いときおもちゃにしたと言うのを聞いて、譲ってくれと長年たのんだあげく、やっと手に入れたものだ。必ず身から離さずに、子孫に伝えよ」と言われた。
簡潔な描写が特徴で、儒教的というよりハードボイルドな印象を受けます。生活習慣や政治システムなどの時代的な背景がわかりにくい部分が多少あるのですが、歴史物や自叙伝が好きな方にはおすすめです。
ではまた。
| 固定リンク






コメント