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2008年3月31日 (月)

プーノからリマへ、リマで市内観光

30日、雨。プーノの隣町のフリアカからリマ行きの飛行機に乗った。ラン航空(LAN Airlines)のエアバス319。

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リマでは、ミラフローレス地区という新市街地のホテルに泊まった。特に見たいものがなかったが、せっかくなので旧市街地(セントロ)のアルマス広場、国立人類学考古学歴史学博物館などを周った。リマには立派なショッピングモールがあったりするのだが、ペルーの他の町に比べて物価が高いことに驚く。下はアルマス広場に面するペルー最古のカテドラル、同広場のペルー政庁、ミラフローレスの海岸。

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妻の知り合いに紹介された現地の人に、バランコ(Barranco)という市内の古い地域を案内してもらった。夕日のきれいなレストランで夕飯を食べながら、ペルーでの学校教育について話を伺う。この国での教育制度の普及は経済的にも政治的にも容易でない事業であることを知った。と同時に、献身的な教育者の言葉に感動した。私たちはこの国で観光地を周ったに過ぎない。しかしペルー最後の夜、ペルーの人たちを想う少しの間、観光客ではなくなったような気がした。下は夕日を浴びるバランコの景色。

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2008年3月30日 (日)

プーノで食べたもの

食べ物シリーズ、プーノ編。

レストラン「Don Piero」
マスのフライのタルタルソースかけ (Trucha a la Plancha)
新鮮なせいかとてもおいしい。少しぐらいの泥臭さは気にならない。自家製のタルタルソースがよい。
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マスのスープ
マスのあら煮のクリームスープ。チーズが溶かしてあり、かなり濃厚。
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「La Casona」で昼食
Palta "El Pescador"
ペペレイ(King fish、キスに形が似た白身の魚)の身を混ぜたソースであえたアボガドのサラダ。アボガドに対してソースが少し多い。

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喫茶店に入った
フルーツタルト
スポンジが少しパサパサするがおいしい。
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プリン
とても濃厚。おいしかった。
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「Ukuku's」で夕食。高山病からかなり回復したので、クイ・チャクタード(食用モルモットの開きのフライ)を注文したが品切れ。残念。代わりにアルパカ(ラクダ科の家畜動物)を食べることに。
アルパカ・サルタード(Alpaca Saltado)
アルパカ肉の炒め。(以前の記事と重複してます。)
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ピザ
チーズがおいしい。
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キヌアのスープ
やはりチーズが入っていて濃厚である。
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2008年3月29日 (土)

プーノ市内でのんびり

29日は市内でのんびりした。高台にあるコンドルの丘でコンドルが飛んでいくを吹くが、息が続かず。なにしろ標高3800m。富士山の山頂よりも高い場所である。酸素が薄くて妻と口論するだけで息がとぎれる。しかし慣れてきたせいか体は楽。

日が暮れると寒いのでアルパカのセーターを買った。一着s/.50なり。(s/.はペルーの通貨、ソルの略号。1ドルは2.7ソル程度。s/.50は二千円弱)

夕食にアルパカ肉の炒め(Alpaca Saltado)を食べた。妻はピザとインカの穀物、キヌアのスープ。アルパカの肉は思ったよりくせがなく、やわらかくておいしい。

下の写真はプーノのマーケット、コンドルの丘、みやげ物屋、アルパカ・サルタード。

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2008年3月28日 (金)

ウロス島とタキーレ島

28日、インカ・ツアーズのウロス島とタキーレ島の日帰りツアーに参加。早朝、迎えの車で港に行き、小型の船に乗った。ツアーの参加者は20人ほどで、ほとんどがヨーロッパからの旅行者。チチカカ湖の、青い波のない湖面が美しい。

ちなみにチチカカ湖(あるいはティティカカ湖, Lago Titicaca)はアンデス山脈の中央部の標高3810mにある、汽船などが航行可能な湖として世界最高所と言われる湖。面積は琵琶湖の約12倍ある。

出航して30分ほどでウロス島に着く。ウロス島はトトラという葦を束ねて積み重ねた一種のいかだである。水に浮いているのだが、波がないので揺れはほとんどない。島民たちは、トトラの家に住み、魚や水鳥を獲ったり野菜を作ったりという自給自足生活をしているらしい。40以上の島があるが、大きな島にはホテルやレストランまである。ちなみにテレビを太陽電池で見ることができる。ホームページがあるので、興味がある方はどうぞ。kamisaraki inn lodge

下はウロス島と私達が乗ってきた船、ウロス島とトトラの船(2枚)、島の売店、ホテル入口。

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タキーレ島へは3時間ほどで着く。全長6kmほどの細長い島で、昔のままの生活をするケチュア人が住んでいる。水平線まで続く湖の青さと透き通った空の青さが美しい島。電気も水道もないのだが、電話がある。電源は太陽電池。フジモリ前大統領が在職中に整備したのだと聞いた。昼食に島のレストランで、マスの塩焼き(Trucha a la Plancha)を食べた。少し泥臭さがあるが美味。付け合せは手作りのパン、ジャガイモ、野菜スープ。どれもおいしくて完食。以下はタキーレ島の景色。

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2008年3月27日 (木)

アグアス・カリエンテスからクスコ、クスコからプーノへ

26日午後、次の目的地を目指して移動を始める。まずは来た道を引き返すためにアグアス・カリエンテス駅からビスタドームの列車に乗り、オリャンタイタンボ駅へ。ここでバスに乗り換えてクスコへ。この日はクスコ泊。高山病で再び体調不良。夕食にホテル近くの日本食レストラン「眉山」でチキンカツ定食を食べる。味噌汁がおいしい。(クスコでは「きんたろう」にも行き、カツ丼を食べた。)空気が薄いせいか息苦しくて夜によく眠れない。下はクスコの街路、眉山のチキンカツ定食、きんたろうの店。

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翌朝、インカ・エクスプレス社(Inka Express) のバスに乗りプーノへ。途中、インカの遺跡や博物館などに寄りながら9時間の旅。標高4335mのラ・ラヤ(La Raya)では、座っているだけで息苦しかった。夕方にプーノ着。ついにチチカカ湖が目前に。下はインカ・エクスプレスのバス、インカ時代の神殿といわれているラクチ遺跡(Raqchi)、ラ・ラヤでの景色、川と草原、プーノの町とチチカカ湖。

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2008年3月26日 (水)

クスコ、マチュピチュで食べたもの

今回は余談で、おいしかったものを紹介。

クスコに着いたばかりのときは高山病で食欲がなかった。しかたがないので、まずは日本食レストラン「きんたろう」へ行き、カツ丼を食す。体力を回復。

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翌日の昼食はレストラン「Pucara」へ
チキンハーブリゾット (Aquapito de Pollo)
ハーブが効いたチキンスープ雑炊。胃にやさしい。

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ペルー風コロッケ (Papa Rellena)
マッシュドポテトの中にオリーブ、卵、肉、野菜を入れて揚げたもの
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夕飯は「Inka Grill」へ
キヌアのリゾット (Risotto de quinua con Lomitos de Pollo)
キヌアというのはインカの穀物。粟とか稗、あるいはクスクスのような粒の細かい穀類である。リゾットの上に鶏肉がのっている。

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マチュピチュでは「Yanmama Grill」へ
アヒ・デ・ガジーナ (Aji de Gallina)
スパイスと炒めタマネギを合わせ、ほぐした鶏肉と牛乳に浸したパンを混ぜた料理。ご飯にかけて食べる。ペルーの伝統料理である。この店では、パンではなくジャガイモが入っていた。
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野菜スープ (Sopa de Verduras)
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コカ茶 (Coca Te)
コカの葉のハーブティー。ペルーで最も一般的な飲み物。味をあえて例えると、どくだみ茶をマイルドにした感じ。アルカロイドの一種が高山病の頭痛を緩和するという。どのホテルでもロビーにコカ茶のポットが置いてあり、好きなだけ飲むことができる。もちろん日本には無い飲み物。

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2008年3月25日 (火)

マチュピチュ観光

24日の昼前、ついにマチュピチュを見た。その美しさに感動した。均整のとれた都市のデザイン、石造りの統一感、絶壁の段々畑、まるで空中にあるかのような浮遊感、すべてがすばらしい。

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マチュピチュ山とワイマピチュ山の山頂を結ぶ切り立った尾根に造られたマチュピチュは1911年にアメリカの歴史学者ハイラム・ビンガム(Hiram Bingham)に発見された。16世紀にインカの都市はすべてスペイン人に破壊されたので、マチュピチュは唯一の都市の遺跡である。遺跡は農業区域と都市区域に分けられる。

都市部で最も美しいのは神殿にあるインティワタナの建物である。正確には建物ではなく、ピラミッド状の石垣が組まれた大きな岩で、その天辺にインティワタナと呼ばれる石が置かれている。この平たい石は四角柱の突起があって、その4つの角が東西南北を指していることから日時計だったと考えられている。

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アグアスカリエンテス駅のそばのホテルで一泊し、25日朝、再びマチュピチュへ。午前中は雨。遺跡の入り口にあるレストランで昼ご飯を食べているうちに晴れてきたので、再び入場。眼下の谷に虹が掛かった。その下にウルバンバ川が見える。

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見晴らしのよい見張り小屋に行く。しばらく眺めを楽しみながらのんびりした。せっかくなので、オカリナを吹くことに。曲は「コンドルは飛んでゆく」。空気が薄くて呼吸が続かない上に、高音が出ないひどい演奏。下の写真はおまけ。

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2008年3月24日 (月)

クスコからマチュピチュへ

マチュピチュに入るための交通手段は2つしかない。一つは鉄道で、もう一つはトレッキング、つまり徒歩。もちろん私たちは鉄道を利用。

24日朝、クスコのワンチャグ駅からバスに乗り、一時間半ほどでオリャンタイタンボ駅に到着。ここで列車に乗り換え。(クスコから列車に乗ることもできるが、今回は切符が手に入らなかった。)列車はビスタドームという天井の一部がガラス張りになった車両で、動力はディーゼル。

マチュピチュの標高は2400mほどなので、3400mのクスコよりも低い。クスコは高原だが、マチュピチュはジャングルである。バスと列車で移動するにつれて、少しずつ生えている植物の種類と茂り具合が変わっていくのがわかる。

列車はオリャンタイタンボ駅からウルバンバ川に沿って走る。この川は「聖なる谷」と呼ばれるインカ時代の遺跡が多い地域を流れており、終点のアグアス・カリエンテス駅はマチュピチュ山のふもとの谷底である。ここからさらにバスに乗り換えて山を登りきるとようやくマチュピチュ遺跡にたどり着く。

下の写真は、私達が乗った列車(ビスタドーム)、列車の客席、窓から見たウルバンバ川、オリャンタイタンボ駅で見かけたディーゼル機関車、アグアス・カリエンテス駅付近の風景(右端ピンク色の建物は私達が泊まったホテル)。

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2008年3月23日 (日)

クスコで市内観光

時間をさかのぼってペルー旅行の日記を記事にしています(4/5)。今回はリマからクスコに移動した後、高山病で苦しみながらクスコを観光した時の話。

飛行機でクスコに着いた3月21日は高山病と思われる熱と頭痛でホテルで寝込んでしまった。そのうえ高地では内臓の機能が低下するそうで、リマでこわした腹の具合が最悪に。私に続いて妻も同様。22日に少し回復、23日に熱が下がってようやく外を歩き回ることができるようになった。

インカ帝国はペルーとボリビアを中心に15世紀から16世紀にかけて栄えた山岳民族のケチュア人の国であるが、1533年にスペイン人に滅ぼされた。(ちなみに日本は戦国時代。翌1534年(天文3年)には織田信長が生まれている。種子島への鉄砲伝来は1543年。)クスコはインカ帝国の首都だった街。スペイン人たちはクスコを略奪し、インカの建物をすべて破壊した。しかし堅牢な石垣だけは崩すことができなかったので、その上に建築してスペイン風の町を作った。だから現在クスコで見ることができるインカの遺跡は石垣のみである。

下はカミソリの刃も通さないと言われる石垣。大きさの異なる石の面を隙間なく合わせて積むために、一つ一つの石の角がきっちり削られている。全体の模様がモザイクのようで美しい。

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中には12個の角が削られている石がある。強度を高めるための技術だろう。がっしりとはまり込んでいる。

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さらに14角の石、というのもある。しかしここまでくると実用性よりも、当時の技術者が面白がって作ったようにしか思えない。

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町を歩いているとケチュアの衣装を着た子供たちが「写真を撮ってください」と日本語で話しかけてくる。チップがお目当て。下はリャマを連れたケチュアの人たち。

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下の写真は市の中心にあるアルマス広場。奥に見えるのがインカのビラコチャ神殿の跡に建てられたカテドラル。その下がクスコの市街地。

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ペルーでのインターネットの環境

予想していたことだが、インターネットの環境がよくない。事前に利用できると聞いていても、ホテルのパソコンを使わせてもらえるだけだったりする。この場合、英語版Windowsなので日本語を読めても書くことができない。だから日記を書き溜めて、ネットにアクセスできるときにまとめてアップロードするつもりである。

ついでなので書いておくと、電源は220ボルトで、コンセントは丸棒でも平板でも差し込める。一応変圧器と変換プラグを持ってきているが、パソコン類はそのまま使える。

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2008年3月22日 (土)

ナスカからリマ、リマからクスコへ

Aerocondor_101120日の午後、再びオルメーニョのバスに乗り7時間かけてリマに戻った。夜中にホテルにチェックインして、午前3時にチェックアウト。朝5時半発の飛行機に乗るため。(この時間のフライトが一番安かったんですよ。)

機体はアエロコンドル航空のボーイング747。クスコへは一時間ほどで着いた。途中、アンデス山脈を見ることができて感動した。

実はリマで食あたりをおこした。クスコで飛行機から降りたら寒気とだるさで動けなくなり、翌日までホテルで寝込んだ。続いて妻も同様に。クスコは標高が3399mあって高山病が心配されたが、食あたりなのか、風邪なのか、高山病なのか分からない状態である。2人とも疲れがたまっていたようだ。「高地トレーニング」と称してジョギングをしようと思っていたのだが、企画倒れである。だいぶ回復したが、しばらく無理をしないつもり。

下は飛行機から見たアンデスの山並。

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ナスカで食べたもの

今回は余談。旅行中に食べておいしかったものを紹介したい。

セコ・デ・カブリート (Seco de cabrito)
子ヤギの肉とイモのシチュー

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ツクツク (Tucutucu)

豆の炊き込みご飯

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アンティクーチョ (Anticucho)
ソースに漬け込んで串焼きにした牛の心臓(ハツ)。さっぱりした味付けでくどくない。おいしかったので3度も食べた。ペルーの伝統料理である。

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焼き鳥

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ロモ・サルタード (Lomo Saltado)

牛肉を細切りにして、タマネギ、ピーマン、フライドポテトを炒めたペルーの代表的な伝統料理。

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チリモヤ
街の八百屋で見かけたので購入した。2個でS/.3.5(100円ぐらい)。食感はアボガドのようで、マンゴーのように甘い。

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2008年3月21日 (金)

カワチ遺跡を見物

20日朝、カワチ(Cahuachi)遺跡のピラミッドを見に行った。舗装されていない砂漠の道を一時間半ほどかけてドライブしたのだが、途中、道の脇にインカ時代のものらしい白骨が散乱している。地元のガイドさんによると墓が盗掘された跡で、地元の不良少年たちの仕業だという。あまり気持ちがよいものではない。

ピラミッドは約2000年前のものらしい。泥のレンガで作られており、修復された部分は立派である。

下はピラミッドの写真。

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ペルーのトイレ

トリビアな話題を一つ。ペルーに入国した夜に泊まったリマのホテルでトイレを詰まらせた。疲れていたので水が溢れていることに気がつかないまま寝てしまい、部屋の半分を水浸しにした。ちなみにホテルは三ツ星で、便器はごく普通の洋式トイレ。

私は知らなかったのだが、ペルーではトイレにトイレットペーパーを流してはいけないのだそうだ。便器の構造上の問題なのか水量が少ないのか分からないが、排水が悪い。だから尻を拭いた紙はゴミ箱に捨てる。ちょっとしたカルチャーショックである。旅行ガイドに載っていない話なので書いておくことにした。

ちなみに、ホテルからは2、3日部屋を使えなくなるからという理由で150ドルを請求された。交渉して100ドルにまけてもらい、さらに旅行代理店の人に50ドルを負担してもらって、落着した。トイレ事情というのは旅行者にとって大切な情報である。

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2008年3月20日 (木)

ナスカのミラドール・ナチュラルでオカリナを吹く

ペルーではスペイン語(それからケチュア語とアイマラ語)が公用語。英語は空港かホテルのフロントぐらいでしか通じない。妻が片言のスペイン語を話すので旅はなんとかなっている。しかし込み入った会話は無理。なのでナスカでは英語を話すガイドさんに案内してもらっている。

ナスカの昼間は暑いので長い昼休みを取る。19日の夕方、ミラドールに地上絵を見物に行った。ミラドールは2つあり、一つはマリア・ライヘという人が建てた観測塔で、もう一つは自然の丘と呼ばれる岩山。観測塔からは「手」と「木」、自然の丘からは放射線状に伸びる線が見える。下は自然の丘の写真。妻で登ってくるのが見える。

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ナスカの砂漠の表面は鉄分を含んだ赤い石で覆われており、これをどけて白っぽい地面を出すことで絵が描かれている。下は至近距離から見た線。

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今回の旅行では、ただ見物して回るだけでは芸がないと思い、オカリナをもってきた。丘に登ると見晴らしがよい。そして確かに丘を中心に四方八方に伸びていく線が見える。まるで定規で引いたようにまっすぐである。ここには妻と私しかいなかったので、オカリナを取り出して吹くことにした。曲は「コンドルは飛んでいく」。何もない青空に音が響いていくのが分かる。すばらしい爽快さであった。

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セスナでナスカの地上絵を見物

Sesuna_0645_219日朝、ホテルから30分ぐらいのところにある空港に車で移動。天気は快晴。ナスカの地上絵をついに見られるということと、セスナ機に乗れることでわくわくする。私はセスナに乗るのが初めてだ。実は、地上絵をどうしても見たいというのは妻の方。

セスナは4人乗り。地上絵の上を高度300mから400mを飛行しながら、サルとかクモとか二等辺三角形を一つずつ見せてくれる。はじめの絵はクジラだったが、言われても少しの間分からなかった。しかし眼が慣れるとはっきりと絵が浮かび上がっているように見え、その瞬間感動した。まるで彫刻刀で彫ったかのように鮮やかな曲線。写真では分からない壮大さがある。これだけでもペルーに来た甲斐があったと思う。

ナスカ文化は紀元後100年から800年頃に栄えていたとされる。デザインがユニークだし、砂漠に住んでいたわりには海、山、ジャングルの生き物をモデルにしていたりして好奇心の強さが伺われる。

下の写真は猿、犬、コンドル、それから手と木とミラドール(観測塔)。画像処理してません。

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2008年3月19日 (水)

バスでリマからナスカに移動

17日の朝オルメーニョ社のバスに乗り、7時間かけてナスカに移動した。ロイヤルクラスというランクのバスだが、シートの擦り切れ具合から見て、車はかなり古いようだ。トイレがかなり汚いと妻から聞いて、私は怖くて入れなかった。

バスはコスタ(Costa)という海岸砂漠地帯を南北に走る高速道路(パンアメリカン・ハイウェイ)を通った。おかげで大陸らしい広大な砂漠と海岸の景色を楽しむことができた。私は砂漠を見るのが初めて。そのせいなのか、どこまで行っても面白い地形が続いて飽きない。

見慣れていないせいなのか、道路沿いの粗末なレンガ造りの町並みが気になってしまう。そしてそのたびに日本の豊かさを想う。

イカ(Ica)の手前でバスが止まり、乗務員がレストランで弁当を仕入れた。バスが再び走り出してから、その弁当が配られ昼食になった。メニューはご飯、煮た牛肉、サツマイモのような甘味がある黄色い芋、野菜。飲み物は子供のころ駄菓子屋で飲んだ炭酸飲料のような味がするインカコーラ。デザートは紫とうもろこしのジュースを片栗粉でどろどろにしたお菓子、マサモラ・モラダ(Mazamorra Morada)。昼食としてはまずまず。完食した。初めて食べたペルーらしい食事だった。

下の写真はオルメーニョのバス、バスから見た太平洋の海岸、ナスカの市街地(ホテルの前)と公園(アルマス広場)の風景。

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2008年3月18日 (火)

トロントからリマへ

Nct1_517日の午前中はトロントで市内観光。NCタワーに登った。高さ553mの世界で最も高い建物。447mの高さがあるスカイ・ポッド(Sky Pod)という展望台からの眺めを楽しんだ。天気がよくてオンタリオ湖のむこうにニューヨーク州側の岸が見えた。

午後から空港に行き、リマ行きのボーイング767に乗った。リマで入国審査を済ませてホテルに着いたのは夜中の2時。くたくたになった。

赤道を越えて冬から夏になった。リマは南緯12度で、北半球だとフィリピンかグアムと同じくらいの緯度である。トロントの気温は昼間で-1℃程度だったが、夜中のリマは気温27℃、湿度88%。時差ぼけ(日本とペルーの時差14時間)と季節の変化で丸い地球を旅していることを実感。

下は展望台からの眺め。トロントのダウンタウンとオンタリオ湖。

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2008年3月17日 (月)

トロントにいます

今、トロントのホテルにいる。16日夜に成田を発ち、11時間以上かかって太平洋を渡った。日付変更線を越えたので、ブログの日付が17日でも、こちらはまだ16日の夜中。ちなみに外は-4℃の寒さである。

利用したエアカナダのボーイング777はシートが広めでまあまあ快適だったし、恐れていた機内食も悪くなかった(もちろんエコノミークラスです)。明日、さらに8時間飛行機に乗り、北アメリカ大陸を縦に突っ切って、ペルーの首都リマに着く予定。今度は赤道を越えることになる。南米はもちろん、南半球を訪れるのが私は初めて。

今回の旅の目的は観光である。もちろん、お出かけが大好きな妻と一緒。仕事がないのは残念だが、おかげで比較的に時間がある。だから今のうちに、めったに行く機会のない場所を旅行しよう、ということになった。ペルーは妻と私の行きたいという意見が一致した国である。アンデスの山々とチチカカ湖(ティティカカ湖)を見てみたいというのが私の動機。ネットに繋げられる環境があれば、旅行中にまた更新したい。

下は飛行機での夜明けと夕日。

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2008年3月16日 (日)

後輩の結婚式

昨日東京に出てきて、大学院時代の後輩の結婚式に参列。彼はどんなときも笑顔を絶やすことのない、強く優しい人物だ。共に研究できたことは私にとって奇跡のような幸運だと思う。そんな彼の結婚式に立ち会えて感無量。お祝いに集まった出身研究室の先生や先輩、後輩と会え、披露宴に2次会、3次会とはしご。すっかり飲みすぎてしまった。

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2008年3月14日 (金)

クラブハリエのシュークリーム

ホワイトデーなので、近所のクラブハリエでシュークリームを買って妻にプレゼントした。小ぶりで、1個126円と手ごろなお値段。今回は4個で504円也。クラブハリエは近江八幡に本店がある洋菓子屋さん。母体は和菓子専門店の「たねや」である。守山のお店ではケーキバイキングをしている。

シュークリームは妻の好物であるが、私はそれほど執着がない。私はどこでシュークリームを食べてもおいしいと思う。ただ皮に対してクリームが多すぎて気持ちが悪くなることがある。ところが最近、この店のシュークリームが自分の好みに合うことに気がついた。甘すぎず、くどくない。あえて言えばソフトクリームのような口当たりで、いくらでもいける。最近のお気に入りである。

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2008年3月13日 (木)

個人研究室を撤収した

風が暖かくて気が緩みそうである。私は冬よりも春が好きだが、どういうわけか毎年3月ごろの季節の変わり目に風邪を引く。例えば、去年は3月後半に39度7分の熱が出て寝込んだ。しかし、その後の一年を振り返るとおおむね調子がよくて、夏ばてと11月の軽い風邪以外は毎日元気に過ごした。そして今年は今の時期になっても体調を崩していない。

先日、確定申告のために一年間の医療費を計算したら、風邪と虫歯の治療の他には大した出費がなく、健康増進が妻の大好きな節約にちょっとだけ貢献していることが分かった。

失業してしまったが、たいした借金もなく、日々健康に過ごしている。無事これ名馬というべきか。

ところで昨日、個人研究室を撤収した。以前写真をお見せしたが、十分な広さがあって快適な部屋だった。任期終了後を含めて約5年間オフィスとして使わせていただいた。大学に感謝したい。愛着があったので少し寂しいのだが、その一方で少し身が軽くなったような気がする。今は何があっても塞翁が馬と思うしかない。

同じ階の大部屋に机を用意してもらったので、パソコンや文房具などの研究に最低限必要なものを一時的に置いておくことにした。今のところ4月以降のことは未定。今後の身の振り方は、目前の経済危機と長期的な展望との板ばさみになりそうだが、じっくりと考えたい。

大部屋に移ると外線につなげる電話がなくなるので、インターネットを使う無料電話のSkypeに登録してみた。オフィスではパソコンを常時インターネットに接続しているので、固定電話の役割を果たすと思われる。あらかじめ自宅のパソコンにもSkypeをインストールしておき、自宅にいる妻に電話で操作を指示して掛けてもらったら、問題なく大学のパソコンにつながった。電話より1秒程度声が届くのが遅れるが、電話とSkypeの受話器を同時に耳に当てていなければ気がつかない程度である。しばらく試しに使ってみるつもり。

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2008年3月10日 (月)

BESSYでの求職の結果と今後の予定

以前当ブログで報告したとおり、去年11月後半にベルリンの放射光施設であるBESSYに面接に行った。その採否について、きちんとした連絡が何もない。しかし、BESSYの人たちとのメールのやり取りで私の人事がうやむやになっていることが最近おぼろげに分かった。その背景には研究グループと事務方との間に軋轢があって、私の人事がそれに巻き込まれたようだ。

断片的で互いに矛盾する内容の文通しかないのではっきりしたことは分からないが、、研究所内でのコミュニケーションが滞りがちなこと、組織内の意思決定のプロセスが曖昧であることが理解できた。

BESSYの人たちとのメールの文通(返信すらよこさない人も含めて)を公表すれば、どのようにいい加減なのかを説明しやすい。しかしそれでは個人名を出してしまう(あるいは明らかにしてしまう)ことになるので、このブログではやりたくない。

付随的な話として、BESSYは来年にベルリン内の別の研究機関Hahn-Meitner Institute(HMI)と統合することが決まっており、このことが今回の人事に影響しているらしい、ということを聞いた。しかしこれは憶測にすぎず、真偽は不明。一応、BESSYとHMIの統合に関する報道記事へのリンクを下に貼っておく。

Science の記事(英語)http://www.sciencemag.org/cgi/content/full/317/5841/1019c

Advancing the Chemical Sciences の記事(英語)http://www.rsc.org/chemistryworld/News/2007/August/17080701.asp

Study in Germany の記事(日本語)http://www.study-in-germany.de/japanese/10.10910.1.html

これらは去年8月に発表されたものである。ちなみに私がBESSYの研究者からBeamline Scientist の求人に応募することを勧められたのは9月末ごろのことである。

私が理解している現状は、研究グループで私を採用することを決めたが、それ以降の手続きが進んでいない、というもの。遠いドイツのことであるし、事情を問い合わせられる知り合いもいないので、打つ手がない。

私は採否に不満があるというよりは、きちんとした採否の連絡をよこさないどころか、こちらからの問い合わせにもろくに応じないことに困っている、というほうが正確だ。どのような事情があるにしても、あまりにもいい加減なBESSYの対応に驚いている。今後私から連絡を取らないつもりだ。これ以上時間を無駄にしたくないからである。このような所に決まらなくてよかったようにすら思える。

11月の面接以来、BESSYに仕事が決まる可能性が高いと思われたので、就職活動を控えてきた。そのため、日本では最も求人が多い時期に、3ヶ月以上を無駄に過ごしてしまったことになる。私にとってはひどい損失だ。かといって法的な手続きを取る(私も望まないですけどね)、という可能性はほとんどない。「雇用する」と書いたものがなければ訴えられないからである。というわけで、現在私にできることは、BESSYのことはさっぱりと忘れて、自分がこれからどうするかを考えることだ。

さしあたって問題は、4月からどうやって食べていくか、ということである。短期的には、今年度に引き続いて、非常勤講師を続けることが選択肢の一つ。しかし、非常にタイミングが悪いことに、来年度のカリキュラムと担当者はどこの大学でも12月か1月ごろには決まっていていて、この時期に空きを探すのは非常に難しい。しかし、多くの人たちのご好意で、若干の仕事を得られそうである。ただしこれだけでは生活に支障をきたす。以前、このブログで計算した支出には足りないので、すぐにできる仕事を他にも探さなくてはいけない。

長期的には今後もフルタイムの研究職の仕事を探し続けるつもりである。しかし、4月以降ある程度自由な時間が取れそうであり、このままずっと不安定な身分のままという可能性はゼロではないので、サイドビジネスを始めるとか、何か資格を取るということも検討している。

私にとって研究はライフワークなので、どのような状況になったとしても、やめてしまうことなど想像がつかない。だから、このブログのタイトル「健康的研究生活のすすめ」を当分変えるつもりはない。「研究」の話題が少ないのは、未発表データを公表するわけにはいかないとか、産学連携に関る守秘義務などの理由があって、もともとあまり書くことができないのである。ブログは進行中の研究について書くにはあまりよいメディアとは言えないようだ。このようなわけで、これからも日常生活の記事が多くなりそうである。ともあれ今後ともよろしく申し上げる。

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2008年3月 6日 (木)

味噌作り

私は味噌なしでは生きていけない、ということを海外に住んで初めて知った。その代わり、ご飯と味噌汁があれば、ピザやケンタッキーのフライドチキンがおかずでも平気になった。妻が関西の人なので、結婚後はお好み焼きと焼きそばが夕飯の定番メニューになったが、ご飯と味噌汁つきの定食にすることで、ここでも何とか順応している。

結婚してから気がついたのだが、私はそれほど料理が下手ではないようだ。独身のとき、私は自分が食べるものを自分で作っていただけなので、自己流である。しかし長い期間自炊をしていたので、自分の味、というのがあって、これを妻に食べさせるとおいしいと言う。私の味の基準は、白いご飯をガツガツ食べられること。得意な料理は豚汁だが、具を煮すぎないように火加減を注意するぐらいで特に秘訣はない。しかしどういうわけか、自分で作った豚汁があれば、いくらでもご飯を食べられる。たぶん、味噌が自分の体にあっているのだと思う。

さて本題の味噌作りである。ここ数年、自分で味噌を作っているのだが、特に味にこだわっているわけではない。やってみるとそれほど難しくないし、意外とおいしい、という程度の理由である。素朴な味がして、熟成が進むにつれて味が変わっていくのが面白い。どんな味噌ができるのかわくわくしながら熟成を待つのも楽しみだ。というわけで今年も味噌を作ることにした。以下、手前味噌の作り方。(私はプロではないので、この作り方は参考程度にしてください。)

材料
大豆・・・・・2kg
米こうじ・・・2kg
塩・・・・・・600g

作り方
1.大豆を水につける。
大豆を洗って3倍の水に一晩つけておく。

Miso1












2.大豆を煮る
①大豆を圧力鍋に入れて、大豆が隠れる程度に水を加える。
②豆が指で押してつぶれる程度に柔らかくなるまで煮る。
③煮えた豆をざるに移し、煮汁を別の容器にとって冷ましておく。

Miso3












3.大豆を潰す
大豆が温かいうちにマッシャーなどで潰してから、35℃程度までさます。

Miso2










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4.煮大豆、米こうじ、塩を混ぜる
①こうじに塩をよく混ぜて、米こうじを作る。(上段図、左が塩こうじ、右が煮大豆)
②潰した煮大豆に米こうじをムラなく混ぜ合わせ、大豆の煮汁を加えて適当なかたさにする。(下段図、混ぜたもの)

Miso10













Miso8

 










5.仕込み容器に入れる
①容器をきれいに洗い、エタノールで消毒する。
②4で混ぜたものを容器に入れる。
③表面を平らにして塩を振りかける。
④サランラップで表面を覆う。
⑤重石を載せて、フタをする。

Miso7







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6.発酵熟成させる
日光の当たらない温度差の少ない場所に保管して、半年ほど熟成させる。

Miso9










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2から5の作業は妻と二人で4時間程度かかった。結構疲れたのだが、出来上がりが楽しみである。

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2008年3月 3日 (月)

ジョギング中の挨拶

雨の日以外はジョギングで大学に出ている。野球帽をかぶり、ジャージを着て、リュックサックを背負うという格好なので、キャンパス内や近所で知り合いとすれ違っても気がつかれない。帽子を取って挨拶をすると、相手はようやく私であることがわかってびっくりする、ということがしばしばあって面白いので話のネタにしていた。

先日のことだが、帰宅途中に用事で駅に向かう妻とすれ違った。私が声をかけると、きゃあ、と叫んで跳びさがってから私に気がついた。変な人かと思ったのだそうだ。さらに彼女曰く「あんた、その格好で女の人に声をかけないほうがいいわよ」とのこと。そんなわけでジョギング中、私からは挨拶しないことにした。シカトしているわけではないので、どうかご了承を。

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