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2008年3月23日 (日)

クスコで市内観光

時間をさかのぼってペルー旅行の日記を記事にしています(4/5)。今回はリマからクスコに移動した後、高山病で苦しみながらクスコを観光した時の話。

飛行機でクスコに着いた3月21日は高山病と思われる熱と頭痛でホテルで寝込んでしまった。そのうえ高地では内臓の機能が低下するそうで、リマでこわした腹の具合が最悪に。私に続いて妻も同様。22日に少し回復、23日に熱が下がってようやく外を歩き回ることができるようになった。

インカ帝国はペルーとボリビアを中心に15世紀から16世紀にかけて栄えた山岳民族のケチュア人の国であるが、1533年にスペイン人に滅ぼされた。(ちなみに日本は戦国時代。翌1534年(天文3年)には織田信長が生まれている。種子島への鉄砲伝来は1543年。)クスコはインカ帝国の首都だった街。スペイン人たちはクスコを略奪し、インカの建物をすべて破壊した。しかし堅牢な石垣だけは崩すことができなかったので、その上に建築してスペイン風の町を作った。だから現在クスコで見ることができるインカの遺跡は石垣のみである。

下はカミソリの刃も通さないと言われる石垣。大きさの異なる石の面を隙間なく合わせて積むために、一つ一つの石の角がきっちり削られている。全体の模様がモザイクのようで美しい。

Ishigaki_1084













Ishigaki_1101

















中には12個の角が削られている石がある。強度を高めるための技術だろう。がっしりとはまり込んでいる。

12kaku_1091











さらに14角の石、というのもある。しかしここまでくると実用性よりも、当時の技術者が面白がって作ったようにしか思えない。

14kaku_1079_3













町を歩いているとケチュアの衣装を着た子供たちが「写真を撮ってください」と日本語で話しかけてくる。チップがお目当て。下はリャマを連れたケチュアの人たち。

Kechua_1075











下の写真は市の中心にあるアルマス広場。奥に見えるのがインカのビラコチャ神殿の跡に建てられたカテドラル。その下がクスコの市街地。

Armas_1060











Machi_1044











Machi_1045

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