2009年5月30日 (土)

健康保険と年金の変更

今年度に入ってから、立命館大学、滋賀県立大学、滋賀大学で非常勤講師をしている。おかげで去年より非常勤講師料が増え、チェアプロフェッサーの給料を合せると、なんとか自分で健康保険料と年金を支払える収入になった。

これでようやく健康保険における妻の被扶養者、という不本意な状態から脱出できる。

というわけで先週、国民健康保険の加入手続きと国民年金の変更手続き(第3号被保険者から第1号被保険者へ)のために市役所に行った。役所の窓口で、妻が職場でもらってきた「保険・年金 脱退連絡票」「健康保険 共済組合 脱退証明書」を見せて、国民健康保険に加入。その場で保険証をもらった。その後、入れ替わりで国民年金の係りの人が窓口にやってきてすぐに対応してくれた。一月ほどで振込用紙が送られて来るそうだ。

ところで最近社会保険庁から送られてきた「ねんきん定期便」によると、これまでの加入実績に応じた老齢年金額は、191,400円だという。(一年あたりです。)頂戴できるだけありがたいと思う。何はともあれ、社会保障費を自分で払えるというのは嬉しいことである。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年7月18日 (金)

被扶養者認定の手続き

先延ばしにしていたお金の計算をしている。(気が重いです。)こればかりは逃げるわけにはいかない。

失業保険の給付が2月に終了したうえに、4月からは週一回の非常勤講師しか仕事がないので、自分の収入で最低限の「個人的な支出」をまかなうことができなくなってしまった。そのため、妻の健康保険の被扶養者になる手続きをした。目的は、妻の健康保険に入ることと、国民年金の免除を受けること。

不本意ながら、5月1日から被扶養者になった。今回の手続きの手順は以下の通り。

1.任意継続している私学共済を脱退するために、「任意継続加入者資格喪失申出書」を提出。保険証を返却。後に「資格証明書」と「任意継続加入者確認通知書」が別々に送られてくる。脱退を確認する。

2.以下の被扶養者認定の書類を妻(被保険者)の勤務先の事業所で提出。
(イ)被扶養者認定申請書
(ロ)続柄を確認のための住民票又は戸籍謄本(加入者と被扶養者の続柄が確認できるもの)
(ハ)「年収見込証明書・社会保険未加入証明書」
これは申請した日より12か月分の見込収入を記した書類で、勤務先の県立大で作成してもらった。具体的には、「三浦信広は、非常勤講師として勤務しているため、社会保障の適用はありません。また、年収見込として、下記のように払う予定です。(中略)合計収入 312,000円(後略)」と書かれている。年間収入130万円未満であれば被扶養者として認められる。ちなみに、1時限あたりの私の報酬は10,400円。(準備や採点も含まれています。)
(二)国民年金第3号被保険者 [資格取得・種別変更・種別確認(3号該当)] 届
国民年金の免除を受けるための書類。免除を受けた期間は、受給資格期間に入るのだが、老齢基礎年金の額は3分の1として数えられる。
(ホ)年金手帳のコピー

3.新しい保険証を受け取る。
先月後半に、妻の新しい保険証が送られてきた。被扶養者氏名に自分の名前があることを確認。

ちなみに「個人的な支出」というのは、私に掛かる生活費以外の支出のこと。具体的には以下のものが含まれる。健康保険(私学共済)、生命保険(県民共済)、年金(国民年金、保険会社)、日本育英会の奨学金返済、学会の年会費(日本物理学会、日本放射光学会、American Chemical Society)、住民税、新聞購読料。

このうち、今回の手続きで、国民年金と健康保険が免除になった。月々の支払いとしては、生命保険、保険会社の年金、日本育英会の奨学金返済、新聞購読料、それからお小遣いということになる。帳尻を合せることもままならない。先月納付した住民税(市民税・県民税)の、232,240円はもちろん赤字である。

一応断っておくと、被扶養者になることは本意ではない。私としては、自力で十分な収入を得られるようになって、一日も早く年金納付などの社会人としての義務を果たしたい。このような立場になって、切実に思う。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年6月13日 (金)

私学共済 ねんきん特別便

しばらく前に、日本私立学校振興・共済事業団から「私学共済ねんきん特別便」という書類が届きました。年金加入記録を知らせるためのもので、私が受け取ったのは「元加入者用」。せっかくなので記事にしました。

自分の手元の記録と違いがないことを再確認。すでにこのブログでは、年金について2回話題にしましたが(私学共済の年金記録を確認した年金切り替えの手続き)、このような書類が送られてくるのは、私のように問い合わせをする人が多かったということでしょうか。

最近、「第3号被保険者資格取得」という国民年金の免除手続きをしました。この話題に関しては、また別に記事を書くつもり。ではまた。

追記
ところで、こうしてブログに年金のことを書いているのは、老後のことが心配でいてもたってもいられないから、というわけではない。(それより仕事を探すほうが先だし、まだそんな年でもないですしね。)ただ将来、困ることが分かっているのに何もしないでほうっておくのが、少し不愉快だからである。(2008.6.22)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年4月19日 (土)

ついに40歳

Nm_2295b 先日、誕生日を迎えた。誕生日を喜ぶような年ではないのだが、40代の大台に乗ったということで、例年よりもしみじみとしたものを感じる。

現状はめでたさから程遠い。何しろ失業している。

今週から滋賀県立大学で非常勤講師を始めた。前期のみであるが、週一回でも仕事があるのはありがたい。しかしこれだけでは、以前このブログで計算した支出を賄うだけの収入にはならない。そこで、社会保障費の免除を受けるため、妻の扶養家族(正確には控除対象配偶者)になることを検討している。

良いことといえば、しばらくは、これ以上悪くなりそうもないことだろう。

 

区切りの年で思い出すのは、30歳の誕生日である。あの頃は今よりもひどい状況だった。アメリカに渡ってポスドクを始めたが、早々にクビになり、次の仕事を探していたのである。今でもインディアナポリスという中西部の殺風景な町の景色を思い出すのがあまり好きではない。生活に慣れず、英語を話せず、打ち解けた知り合いもいなかった。その上資金が底をつき、独りで途方に暮れた。

その後に移った、マサチューセッツ大学での仕事は楽しかった。ノーサンプトンという田舎町のアパートに住み、林の中を自転車をこいでアムハストのキャンパスに通った。友達ができ、今の妻と知り合った。最良の思い出である。

30代前半の経験で、私は少しぐらいのことで驚かなくなったし、無理をしてでも環境を変えたほうが良い場合があることを学んだ。

そして気がついたら40代で、再び困難に直面している。しかし日々能天気に過ごして、いたずらに神経をすり減らすことがないのは年の功であろう。

これからも落ち着かない日々が続くと思う。せめて生活の変化やトラブルをブログのネタにして楽しみたい。このブログは、アクセス数を増やすよりも、より長く続けることが目標にしている。20年後、30年後もこうして記事を書いていられたら幸せである。とはいえ、同じことばかりでは飽きてしまうだろうから、今年は個人的なことばかりではなく、世間の人に読んでもらえるような記事を書いてみたい。

 

最近思うのは、自立した研究者であるためには、研究費を得るところから始めなければいけない、ということ。独自の研究テーマを設定し、研究計画を立て、予算を獲得して、初めてオリジナリティーのある研究ができる。ポスドクのように雇われた身分ではテーマ選びが限定されてしまうのはある程度仕方がない。しかし現在せっかく失業していることだし、思い切って新しい研究テーマを始めて、科研費あたりに応募するのが今年の目標としては適当だろう。

それから仕事を探すこと。ここでいう仕事というのは、独立した研究者として働くことができる大学や研究機関の研究職のことである。しかし思い出してみると、学位を取る少し前から、つまりここ14年ぐらい、ずーっと求職している。私の目標は、自分の研究室をもつことなので、今後もあきらめずに探し続けるつもり。

私はどちらかというと楽観的な人だけれど、すぐに仕事が見つからない可能性もある程度は考えている。だから経済的な安全保障として、日銭を得られるサイドビジネスだとか、収入につながるような資格を取ったりということを検討中。金儲けなど気が乗らないが、研究につながるようなものであれば結構だと思う。この年で夢を語ることを許されるならば、自分の研究を基に起業して経済的にも自立したい。

 

ところで最近、市街地で自転車に乗っていたら二人組みの警察官に呼び止められた。うっかり無灯火だったせいだ。自転車についている防犯登録番号を問い合わせるために、しばらく引き止められてしまった。一人の警官がトランシーバーで番号を照会する間に、もう一人が私の話相手に。職務質問というほどのことはなくて、ただの雑談だった。今の時期は酔っ払いのトラブルが多いのでパトロールを強化しているとの事だった。新人の歓迎会などで若い社会人が酒を飲みすぎるそうだ。どうも話が変だな、と思って、私が大学の教員だと言うと、案の定驚いている。すかさず年を聞かれて「40歳」と答えるとまたびっくり。やはりと思ったが、20代と見られたようだ。警官に若く見られてもうれしくないけど、面白い。目撃情報で手配されたら20代の男性か。

上の写真は、妻が近所のケーキ屋さん「ポーレ」で買ってきてくれたバースデーケーキ。ケーキ屋さんが「のぶひろ」は子供だと思ったらしい。

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2008年2月15日 (金)

私学共済の年金記録を確認した

最近、妻におこづかいを厳しく管理されている。先週末東京に行く前には、半年近く遡って貯金通帳にある出金の目的とクレジットカードの使途を追及され、たっぷりと冷や汗をかいた。もちろんおこづかい帳には監査が入り、毎日のおやつ代まで計算されて指導を受けるという情けなさ。しかしこれも失業中とあれば致し方あるまい。

仕事探しがままならなくとも、せめて社会保障についての情報を整理しておくことを心がけている。というわけで、今回の目的は私が立命館大学に在職していたときの年金記録を私学共済に問い合わせること。

私学共済の正式名称は日本私立学校振興・共済事業団と言い、年金を扱っているのは共済事業本部である。

日本私立学校振興・共済事業団は、ウィキペディアによると「私立学校の教育の充実及び向上並びにその経営の安定並びに私立学校教職員の福利厚生を図るため、補助金の交付、資金の貸付けその他私立学校教育に対する援助に必要な業務を総合的かつ効率的に行うとともに、私立学校教職員共済法(昭和28年法律第245号)の規定による共済制度を運営し、もって私立学校教育の振興に資することを目的として設立された(日本私立学校振興・共済事業団法第1条)文部科学省所管の特殊法人である。」という。要するに私立学校への支援事業と教職員向けの保険事業を行っている団体である。

共済事業本部業務部掛金課に電話で問い合わせたところ、私の在職中の記録はちゃんとあるという。きちんと書いたものが欲しいというと、「長期給付加入者記録票 再交付申請書」なる書類を取り寄せ、必要事項を記入して提出せよという。受け取っていないのに再交付は変だが仕方ない。言われたとおりに書類を作り送付した。申請書を共済事業本部に送付してから一週間ほどして「長期給付加入者記録票」が送られてきた。内容に間違いがないことを確かめて、一件落着。これですべての年金記録(国民年金と私学共済年金)の確認が終了した。

問い合わせのついでに、4年半ほどの加入でいくらぐらい年金がもらえるのか尋ねた所、まったく分からないとのこと。私が65歳になったときの物価や賃金、勤めていたときの給料や期間などによって決まるのだそうだ。どうやら物価スライド制(物価によって調整する方式)とマクロ経済スライド制(現役世代の負担能力の減少に応じて給付額を抑制する方式)のことを言っていたようだ。

額が分からぬのならせめてもと思い、「でも、年金がもらえることは確かですよね」と聞くと「ええ。25年以上納付すればの話ですが」と皮肉な調子である。現在の制度では25年に達しなければ、払い損になってしまう。状況によっては貯金したほうがまし、ということになりかねない。いずれにしろ、公的な年金はあまり当てにならないということか。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年2月13日 (水)

連休中、東京に遊びに行った

土曜日に夜行バスで行き、昨日(火曜日)の朝に帰ってきた。比較的時間のある今のうちに遊んでおこうというわけである。バスではよく眠れなくて辛かったのだが、日曜日と月曜日に学生時代の友達とか研究室の後輩に会って楽しく過ごした。(久しぶりでしたよ)

日曜日に友人たちと上野にある国立科学博物館のナスカ展に入ったのだが、これが予想以上に楽しめた。ナスカ文明は紀元前100年から紀元700年にペルーの南海岸地方で栄えた古代文明の一つ。有名な「ナスカの地上絵」は写真とCGでしか見られないのは仕方がない。しかし不思議でマンガチックなデザインの土器だとかロボトミーの痕のある頭蓋骨などの実物を見ることができて面白かった。

夕飯にベトナム料理屋「サイゴンレストラン」に入って3,000円コースを注文。日本でベトナム料理を食べるのは初めて。米国にいたとき、油っこい食事が多かったせいか、あっさりしたフォー(細いうどんのような米の麺)をよく食べたくなった。今回の牛肉のフォーは味と歯ごたえが少し違うような気がしたが、久しぶりでうれしかった。それ以外の生春巻きや青パパイアのサラダ、デザート(サツマイモ入りタピオカココナツミルクの温かいもの)などの料理は、思わずガツガツ食べたくなるほどおいしくてとても満足した。

火曜日の早朝に夜行バスで帰宅後、午前中にハローワークに行き、「失業認定申告書」を提出。4週間ごとの失業保険の受給はこれが最後になる。BESSYからの返事をいつまで待つことになることやら。

昼食後、疲れていたので昼寝をして気がついたら朝になっていた。下は書斎から見た今朝の雪景色。

Yukigeshiki_2

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年1月18日 (金)

年金切り替えの手続き

自宅にいると妻から「暖房費がもったいないわよ」と言われるので大学に出ている。幸いまだ個人研究室を使えるので居場所はある。学生実験のレポートやテストの採点したり論文を書いたりという仕事をして過ごしている。

ところで先日火曜日、ハローワークで直近4週間分の失業保険受給の手続きをした後に、元同僚と社会保険事務所へ出向いた。失業に伴う私学共済年金から国民年金への変更をするためである。去年12月13日に市役所の年金課窓口で手続きをしたのだが、未だ振込用紙が送られてこない上に、最近「国民年金被保険者 資格取得・種別変更・種別確認届書」という書類と「国民年金保険料の納付窓口開設のご案内」という葉書が別々に送られてきた。葉書によると10月分の記録が未納だった。私のデータがきちんと処理されているように思えなかったし、この際なので年金記録を確認したかった。元同僚は年金番号を3つも持っているのでこれらを1つに統合するためであった。

受付で要件を告げると2階へ案内され5分と待たずに窓口の男性職員が対応してくれた。データを照会したところ、切り替えの処理は済んでいるとのこと。もうじき振込用紙は届くはずだが、すぐに用紙を作ってくれるという。その場で10月から12月の分を現金で支払った。そして1月以降は郵便局口座からの自動引き落としにした。

記録の確認のため、被保険者記録照会回答票という書類を出してもらった。領収書などの手元の資料と記録が一致した。国民年金納付済み月数86、全額免除月数43、共済組合等加入月数57。よって合計加入期間186ヶ月。300月以上納付すると65歳から受けられるとのこと。私の場合は114ヶ月、つまりあと9年6ヶ月以上支払うと年金を受けられる。ちなみに40年間払ったとすると1ヶ月に66,208円受給でき、保険料納付済期間が短い(40年に満たない)と基礎年金額は減額される。在学期間(平成3年4月から平成12年3月までの場合)で免除を受けた期間については、その期間を3分の1として基礎年金に反映されるらしい。

ついでに海外に住む場合の事を聞いておいた。二重加入の防止と年金加入期間の通算のための社会保障協定がいくつかの国と結ばれており、この協定を発効している国に住む場合には特例が適用されるとのこと。社会保険庁 

私は平成3年に法律が改正されて20歳以上が強制加入になって以来、被保険者である。しかし私には未納期間が9ヶ月分ある。これは大学院在学中に父が失業したときのもので、当時市役所の年金課窓口を訪ねて事情を説明したのだが、太った中年女性の職員に免除の手続きを拒否されてしまったためだ。前年度の収入で支払えという高圧的な対応であった。学生への配慮という点では改善されて、現在では学生納付特例制度があり、親の収入とは関係なく在学中に免除が受けられる。

今回対応してくれた職員の方は最後に、私たちが元大学教員であることを知ると、ほとんどの大学生はこの制度に該当するということを(できれば大学まで出向いて)学生に説明したいと言っていた。元同僚の用件と合わせて一時間以上もかかったのだが、適切な処理と丁寧な説明を受けることができ、誠実な印象を受けた。

ところで少し話は変わるが、「お金がなくても研究をして食べていけるだけでいい」と思っていてもそれは働ける間だけの話である、ということに最近気がついた。問題は定年後に起こる。65歳で定年して国民年金を受けたとしても、一月に最大6万6千円(この額よりかなり少ないはずだが、私学共済年金と生命保険会社のものが若干ある)。これだけでは到底暮らしていけないので、それなりの蓄えがなければなるまい。どれくらい必要になるか、計算してみた。

日本人男性の平均寿命は79歳であるから、65歳で定年した後14年分の蓄えがあれば足りる計算になる。(細かいことを言うと40歳での平均余命は40.25歳なので我々の世代では80歳程度が平均と見るべきだろう。しかも医学の発達にともなって今後さらに寿命が延びる可能性が高い。)しかしこれはあくまでも平均値に過ぎない。私の父方の祖父(享年95歳)や母方の祖父(享年93歳)のようには長生きしない、という保証はどこにもないのである。折に触れて私に年金を払っておくようにと言いつけていた父方の祖父のように95歳まで生きると、30年分の蓄えが必要となる。仮に年間300万円で生活した場合(贅沢はできませんね)、単純に30年分とすると9千万円ということになる。国民年金、共済年金等をもらったとしても、定年時に7千万円程度は必要になる。

研究者という職業は経済的な面でそれほど楽ではない。まずスタートの段階で学費という投資と在学期間という時間が必要となる。つまり大学院に入って博士号の学位を取らなければならない。その間収入がないだけではなく、奨学金という借金をする場合が多い。私の場合は大学院博士課程後期に日本育英会から約4百万円を貸りて現在返済中である。

留年や浪人をしないでカリキュラムどおりに博士の学位を取って大学院を修了すると27歳である。就職先がすぐ見つかったとして働き始めるのは早くても28歳。何もかもうまく行くとは限らないので働き始めるのは30歳前後と考えたほうがいい。私の場合、初めてフルタイムの博士研究員の仕事についたのは29歳の時だった。学位を取ってすぐ働き始めたとしても、定年までに35年程しか働けず、しかもその間に定年後の30年分の生活費を貯蓄する必要があるということだ。

学位取得後35年間で7千万円を積み立てるには、一年に2百万円ずつ貯金していく必要がある。ちなみに私は学位取得が96年だったので、この計算での現在の貯金高は2千2百万円になる。もちろんそんな大金があるはずがない。失業している暇はなさそうだ。

実際のところ、収入面で研究職を高給取りとは言いがたいし、終身雇用の身分にならない限り生活は不安定である。私は立命館大学で任期つきの助教授(2007年度から准教授)だったが、年収は5百万円台(妻からは安月給といわれてました)で、約4年半の在職中に昇給はなかった。それでも身分をもって研究できてありがたかった。

もし私が生涯賃金や定年後の問題を学生時代に知っていたとしても研究者を目指したであろう。何も後悔をしていない。しかしもっと経済の勉強をしておいたらよかったと思う。今からでも遅くなかろうから、このブログのタイトルを「健康的かつ経済的研究生活のすすめ」に変更しようかと検討中だ。というのは冗談だが、しばらくは経済的な問題に取り組むことになりそうである。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2007年10月18日 (木)

雇用保険の受給

今日、雇用保険の説明を受けるために職業安定所の窓口に行った。自己都合による離職でないことが確認されて、今月12日から90日間受給できることになった。まずはひと安心。

ところで近況ですが、非常勤講師の仕事があり、まだ個人研究室を使えるということもあって、基本的に平日は大学に出ている。天気がよい日はジョギングで往復していて、快調である。(失業したうえに、体を壊しているというのではしゃれにならないですよ。)先日、大学のキャンパスに献血車が来ていたので、昼休みに献血した。その後に送られてきた検査成績の結果はすべての項目が標準値の範囲内だった。日々是好日と言うべきか。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年10月 6日 (土)

職業安定所に行った

昨日、同僚(元同僚と呼ぶべきか)と最寄の職業安定所(ハローワーク)に自転車で行った。雇用保険の失業給付受給の手続きをするためである。待たされはしたが、少し意外なことに職員の方々の対応は親切で丁寧であった。

驚いたのは、大学が作った書類に、私たちが離職した理由は自己都合によるものと書かれていたことである。もう少し正確に言うと、「雇用保険被保険者離職証明書」という書類にある「離職理由」の欄にある選択肢で、「定年、労働契約期間満了によるもの」「労働者の意思により契約更新せず」という項目が選択されていた。

職員の方に、これが事実と異なる事を伝えると、私たちが窓口に提出する書類の「離職理由」の欄に、正確な状況を書くように勧めてくれた。そこで、「雇用期間満了による退職」に「半年前の契約時に更新しないことを伝えられていたが、自分の意思で離職したのではない」、と書き加えてはんこを押した。この書類が京都の職業安定所に送られると、事実関係が調べられるそうだ。

自己の都合による離職の場合、3ヶ月の給付制限の後にしか給付を受けられないことになるという。私にとっては大きな問題である。

来週木曜日(再来週の木曜日10月18日でした)の午後3時に再度、窓口に来るようにと告げられた。このとき、どのような給付が受けられるかを知らせてくれるそうだ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年9月25日 (火)

支出の計算

先週、最後の給料を受け取った。来月からは妻の収入で生活することになるのだが、衣食住以外の個人的な支出は自分の非常勤講師の給料から払う予定である。ざっと計算してみたのだが、「個人的な支出」には、健康保険(私学共済)、生命保険(県民共済)、年金(国民年金、保険会社)、日本育英会の奨学金返済、学会の年会費(日本物理学会、日本放射光学会、American Chemical Society)、住民税(私のこれまでの収入にかかる分)、新聞購読料があって、結構な金額になるので驚いた。その他に趣味や本の購入に充てる私のお小遣いがある。目下最大の懸念は、もともと多くもない小遣いを妻に減らされるのではないかということである。

最近、新聞の記事に出ていたのだが、奨学金の滞納額が2000億円を越えたという(日経ネット)。奨学金の貸与者には大学院生が多いと思われるが、学位をとっても安定した職に就けない同業者が多いと聞く。(ポスドク問題と言われてます。)私は滞納する気はないが、払えない、払うのが辛いという気持ちはよく分かる。お金に縁のない研究者は私だけではないようである。

| | コメント (1) | トラックバック (0)

より以前の記事一覧